先生は診察室の四畳半ほどのところに火鉢を置き、親しい方々とお茶を飲みながら世間話をしていらっしゃいました。私は1か月に数回診ていただきましたが、それはお医者さんに体を治していただくというのではなく、私自身が自分の身体や心に優しく接する方法を教えていただく、というようなものでした。

 私はこの腎臓病が転機となり、これからの私たちの暮らしに、操体法は何か素晴らしいものをもたらしてくれるのではないか、と感じていました。

 

 今まで学んできた、知識の詰め込みや、学歴社会重視、お金やものを求め続ける暮らしから、操体法の教えてくれる、心の持ち方、言葉の大切さ、体の動かし方、呼吸法、食べ方の大切さといった、いわば精神世界を知る大きなきっかけとなったのです。

 

 温古堂と名付けられた、何とも風変わりな治療院には、連日のように全国からたくさんの患者さんが先生の治療を受けにいらしていました。その顔触れは実に多彩でした。鍼灸師の先生や、プロのスポーツ選手、音楽家、学校の先生、テレビのアナウンサーなど、様々な方々が、先生の治療や精神世界の教えを受けに仙台まで泊りがけで来られていました。

 私も数か月通っているうちに、患者としてではなく、先生を教えをこう、お仲間の一人として、温古堂に出入りを許されました。恐縮している私に先生は、「あなたは、得意なパンやケーキを作って持ってきてくれればいいよ。」と言ってくださり、先生と一緒に火鉢にあたりながら様々な方々との出会いと学びをいただきました。

 

 風邪の治し方を伺った時は、「好きな落語でも聴いて笑っていれば、その内治っちゃうもんだよ」と、おっしゃったり、また、「家族でお互いにくすぐりっこをすると、くすぐったいのから逃れようと必死に体を動かすだろう。その動きは体にいい方に無意識に動くはずだから、それで自然にバランスが整ってゆがみの矯正になるんだよ。そうしたら風邪なんて、すぐ治るよ。」と言われたので、早速家に戻り、部屋中に布団を敷きつめ、子供たちとくすぐりっこをして、みんなで大騒ぎをし、お互いに逃げ回って汗びっしょり。それで、すっきりして本当に風邪が治ってしまったということもありました。子供は特に、体のバランスの取り方を、説明しても分からないので、時々仰向けに寝かせ、おへその両脇を軽くくすぐってあげると、親子のスキンシップがはかれるのと同時に、無意識に逃げる体の動きがバランスを整えてくれるそうで、子供の健康を保つのによいそうです。