愛犬ペロとしつけのこと

 

 文京区から小金井に越して間もなく、白い紀州犬が我が家にやってきました。

 ぬいぐるみのような、真っ白い男の子をペロと名付け、家族でそれはそれは可愛がりました。

 

 三か月くらいの頃、獣医さんから、紀州犬はもともと猟犬で気が強いので、成犬になった時、人を噛む恐れもある。頭もいいから、幼いうちにきちんと訓練してしつけた方がいいと、アドバイスされました。

 

 さっそく近くの訓練所を見学しましたが、盲導犬や警察犬などと違い、日本県はなかなか気難しいということや、また訓練所から帰ると、甘やかされてしまい、結局もとに戻ってしまう、などのアドバイスも受け、家にいながら訓練を受けるのが一番いい、ということが分かりました。

 

 それでご近所で訓練を受けている方を見つけ、お願いすることになりました。

 

 訓練氏の先生は、まず面接をしてくださり、ペロの性格をじっくり把握してくださいました。訓練の前に、1頭1頭の性格をよく観察し、その子に一番合った訓練をするのだそうです。

 

 面接の結果、ペロは真面目な性格で、ちょっと神経質、ささいなことを気にするとてもデリケートな子だと言われました。犬の訓練なのに、面接や、性格分析をしてくれるなど、思いがけず丁寧な対応に、ちょっと驚きました。

 

 犬の集中力は、一度に10分が限界だそうで、1日置きに10分という訓練が早速始まりました。

 

 先生のやり方は、飴も鞭も使わず、穏やかな口調でただひたすら根気よく、またきびきびと教えていくというものでした。

 家のすぐ前の、車のこない路地で、止まれ、待て、よし、後へ、などから始まり、短い言葉で、家族との日常生活に必要なルールを次々と教えて下さいました。

 大きな声は出さず、ペロの方も先生にすっかりなつき、1日10分の訓練は半年ほど続きました。

 

 先生からは、私達家族にもいくつかのアドバイスがありました。それは、犬が家族と仲良く暮らすために大切なことばかりでした。犬が可愛いあまりに、過保護にして甘やかし、成犬になった時は手に負えなくなり、手放すケースまであるとのことでした。

 

 幼い時に、社会で暮らしていくために必要なルールをしっかり身につけさせることが、結局はその子のためになり、みんなから愛され、本人も周りも幸せになる近道です。今は少し厳しいと感じることがあっても、このことを理解し、家族で守ってください、と言われました。

 

 悪いことをした時は、

「だめ!」

と言って怒らずに、犬の目を見てきっぱりと、

「いけない!」

と言ってくださいと、言われました。

 

 犬を訓練するのに、なぜ「だめ!」と言ってはいけないのか、うかがってみましたら、何と、その言葉自体が良くないとのことでした。「だめ!」には、言われた人(犬も)が萎縮してしまう響きがあるそうで、それを言われた子犬は、いっぺんに萎縮してしまい、びくびくしてしまうのだそうです。

 子犬は、私たちの顔色をよく見ています。そこで、その子の目を見て、きっぱりと「いけない」と言うと、その子は「なぜそれをしてはいけないの?」「どうしてなの?」と、尋ねることができるそうなのです。

 

 その子を頭から否定するのではなく、してしまった行為だけをきちんと叱り、さらになぜいけないのかを教えてあげる事があると知りました。

 すると犬は納得して、理解し、だんだんそれをしなくなるということです。

 犬は人間の言葉をしゃべれませんが、その分テレパシーや直感力は人間の何倍も優れているそうです。犬の訓練は力づくで、多少の体罰もありなのかと思っていた私は、この先生の訓練に驚くことばかりでした。

 それはまさに、子供をしつける時と同様なのではないかと思ったのです。感情的になって怒鳴ったり、手をあげたり、だめ、ばかりを繰り返したり、その反対に、可愛いからと甘やかし、きちんとしつけをしなかったり、親はその時の自分の都合で子どもと接してはいないか?

 

 動物も人間も、その子の将来のためを思って愛情を持ってしつけてあげることの大切さを、なんとペロの訓練を通して教えてもらったような気がしました。

 そのペロは、半年で基礎訓練を終え、その後10年ずっとおりこうで、大切な家族の一員として私達の心を癒し続けてくれました。

 

 主人の母もまだ元気な頃で、たいてい家族の誰かが家にいて散歩や食事の世話などをしていましたが、娘の結婚式の時、家族全員で京都に行くことになり、しばらくの間ペロを預かってもらうため、ペットホテルを探しました。

 少し遠くではありましたが、とても良いところがありお願いすると、車で迎えに来てくれました。その方も、まず犬と面接をして性格を見てから預かるとおっしゃいました。さらに、とても大切なことは、飼い主が今回犬を預ける理由と日数を、犬の目を見てちゃんと話す、という事でした。黙って預けられると、捨てられたと思い、とても悲しがるのだそうです。

 理由が分かれば、心配したり、不安に思うことがないというのは、まさに私達と一緒なのですね。犬の目を見て、きちんと話してあげる、理由を説明してあげるということが、訓練士さんと一緒だったのには驚きました。

 

 何をしてはいけないかを、幼い時にしっかりと教えてあげることは、それをちゃんと守れた時に、ほめてあげることにつながります。いつも幼い子の言いなりになって甘やかすと、その子をほめるチャンスもないということになります。

 

 社会で暮らしていくために必要なルールを、人生の先輩として私達が教えて、守らせるということは、同時にほめてあげる機会を作ってあげることにつながります。我が家では、ペロをきちんとしつけ、そしていっぱい褒めてあげよう、と家族がみんなで心がけたのを覚えています。

 

 ちなみにその後、その訓練士の先生は、民放の番組で犬の訓練士のチャンピオンを決める大会に出場し、みごと優勝されたのでした。素晴らしい先生とのご縁をいただけたことに、あらためて感謝と感激いっぱいでした。

 

 子どもを持つ親がチャンピオンになることは出来ませんが、私達年配者が若い人たちに何かアドバイスをしてあげられたらいいな、といつも思っています。