娘の家の愛犬 ルルのこと
愛犬ペロが亡くなって7年目の早い春の頃、娘の家では「ある犬」との不思議な出会いがありました。
ペロのお蔭で、大の犬好きに育った孫たちは、かわいい子犬が売られているペットショップの前を通りかかる度に、「パパ~、子犬が欲しいよ~」とせがむのでした。
そんな時、パパは決まって、
「犬は生き物でオモチャじゃないから、お金で買うものではないよ。ご縁のあるワンちゃんなら、いつか必ず向こうから来てくれるんだ」
と、言うのです。
「でも、どうやって来るの?」
「う~ん、多分、玄関のチャイムがピンポーン!と鳴って、ドアを開けたら、ワンちゃんが”こんにちは”って、現れるんだよ」
と、答えていたそうです。
孫たちは、あまり現実的ではないけれど、こんなに確信を持って言うからには、「いつか本当にそんな日がくるかもしれない」と、思えるようになって、父親の言葉を信じてご縁のあるワンちゃんとの出会いを心待ちにしていました。
そして驚いたことに、ちゃんとその日はやってきたのです。
2月に入ったある日の夕方、戸外もかなり暗くなった頃、ピ~ンポ~ンと、玄関のチャイムが鳴りました。こんな時間に誰かしらと、娘がドアを開けてみると、そこには近所に住む3人の小学生の女の子と、足元には一匹の白と茶色の可愛い子犬が立っていました。
3人は、娘の顔をみるや開口一番、
「お願いします。この犬を飼ってください」
と、一斉に頭を下げてお願いしたのでした。
突然の事で娘はびっくりしましたが、子供たちの話をよく聞いてみると、近くの公園で3人が遊んでいると、そこへ見知らぬおばさんが子犬を連れてきて、貰い手を探していたのです。
子供たちは可愛らしさのあまり、つい子犬を貰ってしまいましたが、家に連れて帰ったところ親に反対されて、仕方なく近所を一軒一軒回って、子犬を貰ってくれる家を探していたのです。
どの家でも断られて、辺りもすっかり暗くなり、もうこの家を最後にするつもりで、我が家のチャイムを鳴らしたのでした。
娘はその時、”ああ、本当にやってきた!この犬がうちのワンちゃんになる運命の子(犬)だ!”と、思って胸がドキドキしたそうです。
そして、ちょうど帰宅していた長女を呼んで、小声で耳打ちしました。
「ねえ、もしかして、この子かな?」
「うん、絶対この子だよ!」
と、長女もすっかり興奮して、何度もうなずきました。
「うん、わかったわ!うちで飼うね!」
と、娘が告げると、3人の女の子たちは、一瞬、信じられないという表情で、言葉を失くしていました。子犬はというと、直感的にこの状況が分かったのか、「ヤッタ!このうちの子になれる!」と言わんばかりに、小さな尻尾を大きく振って、ピョンピョン飛び跳ねて喜びを全身で表していました。
女の子たちは緊張した面持ちから解放されて、すっかり安堵の表情になると、「ありがとうございます!ありがとうございます!」と、嬉しそうに大合唱でお礼を言って、それから名残惜しそうに子犬に手を振って帰っていきました。
子供たちを送った後、娘はすぐにお風呂場に直行して、子犬をきれいに洗いました。
「よく来たね!本当によく来てくれたね!」
と、言いながら、ぬれた子犬の体をタオルで拭いていると、子犬は感極まったように、娘の顔をペロペロ、ペロペロと舐め始めるのです。それはまるで、「ありがとう!ありがとう!」と、お礼を言っているかのようでした。
・・・・・・・こんな小さな犬でも、自分の置かれている状況が全部分かっている・・・、
そう思うと、娘は熱い感動で胸がいっぱいになったそうです。
その夜、帰宅したパパに、みんなで今夕のいきさつを報告しながら子犬を見せると、パパはニコニコしながら、「やっと来てくれたか。ああ、飼ってもいいよ。その代わり、よく面倒をみてやるんだぞ」と快い承諾をすぐに返してくれました。
獣医さんによると、もこもことした毛並から、ジャック・ラッセル・テリアが混ざっているらしいこのワンちゃんは、女の子だったのでルルと名付けられて、その日から家族の一員になりました。
「パパの言っていることが本当に起こったけど、でも、どうしてワンちゃんが向こうから来るってわかったの?」
と、子供たちは不思議がって何度もパパに聞きます。日頃から口にしていたので、言葉が運命を引き寄せたのか、それは分かりませんが、とにかく家族が待ちわびていた出会いであったことに間違いありません。
「ご縁とは、そういうもんなんだよ」
と、パパはことなげに言うだけで、笑っていたそうです。
ルルが家族の一員になって一か月ほど経ってから、私たちが娘の家を訪れると、ルルも自分の家族を迎えるようにやってきて、喜びを全身で表してなつくのでした。
娘の家のドア越しに立った時から、すべてがお見通しかのようなルルは、家族の愛情としつけをタップリ受けて、すでにこの頃から手のかからないお利口なワンちゃんでした。
私達も、懐かしいペロと再会できたような不思議な感動を覚えて、ふと、胸の高まりを覚えるのでした。それは犬との出会いも人も同じで、この世で出会えることも何かの「ご縁」と、思われる瞬間でした。
しばらく経ったある日、私が娘の家でガーデニングをしていた時のことです。
家の前を通りかかった女の子を見て、
「あの子がルルをうちに連れてきた女の子よ」
と、娘が教えてくれました。柔らかそうな髪を三つ編みにした女の子の横顔を、私は微笑ましく目に焼き付けました。
夕方、私はルルのお散歩を自ら買って出て、近くの公園を歩いていると、砂場で遊んでいる数人の女の子を見かけました。女の子たちはルルを見つけると、「あっ!ルルちゃんだ!」と口々に言うと、急いで駆け寄ってきたのです。その中には、あの三つ編みの女の子もいました。
「あなたはもしかして、○○ちゃん?」
と、私が声をかけると、その女の子は少しびっくりして、それでも嬉しそうに
「はい!」
と、返事をしてから、
「わたしね、おばさんのこと知ってる!お料理の先生なんでしょう?」
と、すかさず言われて、今度は私がびっくりする番でした。
聞いてみると、その女の子は娘の家にやってきて、時々ルルと遊ぶようになったのです。そこで娘から私の事を聞いて知っていたのでした。
「えっ?お料理の先生なんて、すご~い!」
と、その場にいた他の女の子たちも、すっかり私に興味を持ってくれて、
「ねえ、どうやったらお料理の先生になれるの?」
と、可愛らしい疑問を次から次から私に投げかけて、はしゃぎはじめました。
「あのね、おばちゃんは、オママゴトが大好きだったの。お砂場でお団子を作ったり、草を摘んでコトコト刻んだりして、お料理ごっこをいっぱいしてたのよ。それに食いしん坊で美味しいものが大好きだから、いつも作っているうちに、お料理の先生になれちゃったのよ」
子供たちは私の顔を覗き込むようにして、一心に聞き入っていました。ルルまで大人しく聞いていました。
「ところで、みんなはどんな夢を持ってるの?大きくなったらどんな人になりたいのかな?」
と、聞いてみると、子供たちは次々に手を挙げて、
「私はピアノの先生になりたい!」
「私は手芸が上手になりたい!」
「私は音楽の先生!」
「鉄棒が出来るようになりたい!」
と、目をキラキラ輝かせて話してくれました。
「じゃあ、それを楽しんでいっぱいやってね。みんなのお手伝いをいっぱいして、なんにでも”ありがとう”が言えるようになったら、自然にやりたいことがドンドン出来るようになっていくからね」
と、子供たちに言いました。
子供たちの顔はさっきからピカピカに輝いて、弾けんばかりの笑顔で大きく頷いてくれるのでした。
そろそろ陽も傾いてきたので家に帰る時間です。女の子たちは私とルルに手を振って、それぞれの家路に向かいました。
普段なら、話す機会のない可愛い小学生と、ほんのひと時の交流でしたが、胸がほっこりと温かくなる楽しい出会いでした。
これもルルが運んでくれた不思議なご縁なのでしょうか。