クッキーハウスのこと

 

 私が子供の頃、クリスマスの光景といえば、ジングルベルの音楽こそ流れていましたが、まだ戦後という事もあり、上野駅などのガード下に、親を亡くした、お腹を空かせた子供がいたり、省線、と呼ばれた今の山手線に車内に傷痍(しょうい)軍人が白い衣服を着、アコーディオンを鳴らしながら募金を呼びかけたり、といったものでした。

 

 そんな時代でしたから、アンデルセンの絵本に出てくるマッチ売りの少女がのぞいたような、大きなクリスマスツリーや、食卓の上に並べられたローストチキンやケーキなどは、まさにあこがれの光景そのものでした。

 そこには幸せがいっぱいあり、明るい未来が待っているように感じられたものでした。

 

 30数年前に初めて本格的なクッキーハウスの作り方を習った時は、子供の頃あこがれたあの絵本の世界に自分が飛び込んでいるような気がして、感激したのを覚えています。

 以来、ずっと、クリスマスが近づくとクッキーハウスを作り続けています。

 

 初めてテレビで見たクッキーハウスは、大きな三角屋根二枚を合わせて作る、比較的簡単なものでしたが、私が習ったものは、二階建てで、ステンドグラス風のガラス窓の付いた、作り方も凝った本格的なものでした。

 作ってみると、こつさえ覚えてしまえばそれほど難しくはないのですが、私の料理教室でもずいぶんたくさんの方にお教えしたにも関わらず、作り続けている方はとても少ないようです。

 

 その作り方は、工作から始まって工作で終わるといった、お菓子作りとはまた違った楽しみを味わえるものなのです。

 

 まず、ボール紙で型を作ります。私は、婦人雑誌やケーキの本などに出ている型を、毎年少しずつスタイルを変えて楽しんでいます。

 クッキー型を作り、5ミリの厚さにのばして、型を置いたらナイフで切りぬいていきます。大小さまざまなパーツがあり、大雑把に切ってしまうと、後から組み合わせられませんから、ちょっと慎重な作業です。壁や屋根になるところには、5ミリ幅の切れ目を入れて、煉瓦模様もここで入れていきます。窓を開けたところには、細かく砕いたきれいな色の飴も散らします。これが溶けてキラキラとした窓になります。

 

 天板にそれぞれのパーツを並べ、180℃のオーブンで約20分焼きます。

 

 その間に、接着剤にする、のりを作ります。パウダーシュガーにラム酒を加え、少しずつのばしていきます。工作に使うのりや、ボンドと同じくらいの固さになったら、三角形のパラフィン紙をくるくる巻いて、その中にのりを入れ、先をほんの少しカットします。

 これで準備完了です。

 

 まだ焼き立ての温かいうちに、土台になるクッキーの上に、4枚の壁を立ててのりで固定し、そのまま乾くまで待ちます。この時、クッキー生地が温かくないと、うまく固まってくれません。焼き立てをすぐ、が肝心です。

 

 屋根の部分にはあらかじめ煙突を付けておいて、ちょっと固まったら、いよいよ壁の上に屋根を載せます。

 

 接着面にたっぷりののりを付けたら、屋根をのせて固定させるのですが、実はこの時、一番気を使います。何と言っても接着面が少ないので、しっかりと固まるまで手で押さえたり、ちょうどいい高さのものを支えにして、補強してあげる必要があるのです。

 

 クッキー生地は、のしかたや火加減によって、焼くと伸びたり縮んだり、おまけに膨らんだりしますから、型紙にそって正確にくり抜いても、どうしても寸法が狂ってしまいます。

 オーブンから出すまでその形は分からない、とうところがまるで陶芸家の気分で、毎回ドキドキ、ワクワクしながらその焼き上がりを待っているわけです。

 もちろん、私にとってはこれも楽しみの一つなのですが、焼く前の寸法にあまり違わずにオーブンから出てきてくれた時は、思わずやった~!と力が入ります。

 

 思うように焼き上がってくれると、もちろんその後の組み立てはとても楽しいものになります。逆に自由奔放に焼き上がると、組み立てに苦戦することになってしまい、この屋根をどうやってきれいに載せようか?と頭をひねります。

 

 ログハウスを自分で建てるのが夢でした、と言って自分の家を手作りする男性がいるように、ミニチュアの家作りをしているような気分を味わえます。

 おまけにこれはクッキーですから、すべて食べることも出来るなんて、まさに夢のようではありませんか。子どもの頃、誰もが夢見るヘンゼルとグレーテルのお菓子のお家そのものなのです。

 

 さて、いよいよ最後の飾り付けです。

 

 シュガークリームでつららを作り、粉砂糖で屋根や庭一杯に雪を降らせ、クッキーで抜いた子供や、小さなサンタ、モミの木を立て、家の周りに柵を巡らせます。

 全体をヒイラギの葉っぱで飾り、完成です。

 

 ちょっと傾き過ぎたり、屋根が大き過ぎたり、その年の気分でスタイルもちょっと変えたりしますから、毎年同じ家には決してならないのですが、それもまた楽しみなのです。

 

 子供たちがまだ小学生だった頃は、家族みんなで共同作業をしていました。ワイワイ、キャーキャー言いながら、楽しんで作りました。これはこうすれば?など子どもながらにアイデアも出てきて感心させられることもありました。

 

 今も娘や孫たちと一緒に作ったり、ふと一人で挑戦してみたものの、ああ、手が二本じゃ足りない!などと思い、いろいろ知恵をしぼってみたりと、相変わらず楽しみながら作っています。

 

 しばらくの間飾って楽しんだ後、最後は食べて楽しむのですが、孫たちが小さい時は、お友達が集まったクリスマスパーティの最後にみんなで大騒ぎしながら食べてくれたこともあります。

 

 自分で作ったクッキーハウスは、やはり自分で壊すことは出来ません。

 しかも私は自分で食べるためではなく、作る工程を楽しむのが目的なので、早めに作り、お年寄りや身体の不自由な方々の施設や、子供たちの多く集まる施設などにプレゼントして、たくさんの方に見ていただく幸せも味わっています。

 私にとって、クッキーハウスは、いつまで経っても特別な存在です。それは幼い時の夢を形にしたもの、幼い時に描いた幸せの象徴そのものなのかもしれません。