小鮎と長浜のこと

 

 毎年春になると、我が家の食卓には小鮎の佃煮が現れます。初めて食べた時、そのあまりの美味しさに驚きました。

 琵琶湖で、朝獲りたての、小指ほどの大きさのピチピチとした小鮎は、銀色に輝いていて、本当に美しいのです。送って下さるのは、娘の嫁ぎ先のご両親です。滋賀県の長浜に住んで居らっしゃいます。

 

 滋賀県の長浜にご縁を頂いたのは、20年も前でしょうか。それ以来春になると、小鮎の佃煮を送って頂いています。鮎と言えば、塩焼しか知りませんでしたから、初めていただいた時、こんなに小さな鮎を佃煮にしてしまうなんて、なんて贅沢なんだろうと思いました。

 食べると、鮎のいい香りが残っている上に、たくさん入った山椒の実のおかげで臭みはなく、それはそれは美味しい佃煮でした。

 

 琵琶湖には近年、外来種の魚が増えてきており、その中で頑張っている、昔から生息している小鮎たちは、今では大変貴重なものになっています。聞けば琵琶湖ではそれ以上大きくは育たないのだそうです。

 

 作り方を見せていただいたことがあります。

 酒、しょうゆ、ざらめ、みりん、生姜の絞汁、それにたっぷりの山椒の実を入れて、まずよく煮立てます。その中に、朝獲りの小鮎を一気に入れます。

 白魚のような柔らかい鮎の身がしまり、ツヤが出てくるまで、30~40分つきっきりでたれを回しかけ続け、愛情を込めて作る、手間のかかる郷土料理なのです。

 一匹ずつ味わいながら、とても大切にいただいています。

 

 四月の中旬には、豊富秀吉公由来の長浜曳山祭りが盛大に行われます。

 毎年お招きいただきますが、子供たちだけで曳山の上で演じる歌舞伎はとても見事なものです。

 その日の夜には、また独特の郷土料理を味わう風習があります。鯖そうめんというものです。その時期になると、日本海は福井で獲れた脂ののった美味しいサバを丸ごと1匹串に刺して塩焼にしたものが、どこの魚屋さんでも売られます。そのまま温めていただいても、もちろん美味しいのですが、その焼き鯖を輪切りにして、しょうゆと砂糖で甘辛く煮付けます。そして、固めに茹でて冷ましたそうめんを煮汁に浸けながら、鯖とともにいただくのです。

 想像すると、ちょっと生臭いのではと感じますが、鯖を一度しっかり素焼きしているので、臭みは全くなく、さっぱりとして香ばしい、いい香りです。美味しい煮汁を吸ったおそうめんとの相性は抜群で、曳山祭りで長浜の文化を堪能した夜にぴったりのお料理なのです。

 

 その他のお料理も、しじみのむき身と、大豆や人参、ゴボウなどの炊き合わせ、小エビと大豆の炊き合わせなど、どれもカルシウムや野菜たっぷりの取り合わせが多く、感心させられます。

 地物の野菜と、琵琶湖で獲れる小魚や貝、エビなどを上手に組み合わせたそれらの郷土料理は、まさに健脳食とも言える食事そのものです。その地区で育った方々が皆優秀で、幅広い分野で活躍されているのは、これらの食事とも関係があるのではとないかと思います。

 

 長浜の歴史ある町や琵琶湖周辺を案内していただくのも、楽しみです。

 家のすぐお隣にあるお寺は、町内の人々が密かに守り続けてきたという、秀吉の木像が安置されている、由緒あるお寺です。秀吉の木像はとても古く、重要文化財です。

 

 また歩いてすぐの所には、京都の東本願寺をそのまま少し小さくしただけで、まったく同じ形の、それは立派な大通寺というお寺があります。表参道には昔ながらの商店街が並び、遠くからの観光客で賑わいをみせています。

 また、昔の銀行跡の、趣のある黒壁などもあり、昔にタイムスリップしたような、京都にも似た、静かな風情ある町並みが続いています。

 

 町の人達はお互いに助け合って暮らしています。ご両親も、おばあちゃまを92で、在宅のまま看取られました。ご近所の方々が、お年寄りのいらっしゃる家を何かと気遣い、しょっちゅう訪れては一緒にお茶を飲みながらお年寄りの話し相手になったり、一緒に暮らす家族をねぎらったりしていました。

 その様子は、私が子供の頃の東京にもあった懐かしい光景でした。毎晩、太鼓と拍子木で、火の用心の夜回りもいまだに行われています。

 

 ご先祖様の残された仏像やたくさんの文化遺産を大事に守り、次の世代に伝えていらっしゃる人々に接して、自分の国にもこのような素晴らしい方々がいらっしゃることを誇りに思います。そして、この伝統ある美しい町並みがいつまでも残っていることを、心から願っています。